2007.05.31
ブロガーは潜んでいる
私がこじゃれた店でこじゃれたモノを食べていたら、隣の席に座った平凡な男が、メニューから飲み物から食べ物まで、尋常じゃなくいちいち携帯カメラで撮影し、なにやら忙しなく文字を打っていた。それを見た私は確信した。
これはまさにあれだね…
ズバリあんたブロガーでしょう!!
ふふっ、かくいう私も、このこじゃれた食べ物を撮影して、あわよくばブログに…なんて思ったんだけど、如何せん私の携帯カメラは撮るたびに、「ぐゎしゃらぁッ」とオッサンのくしゃみみたいなすごい音がするもんだから、恥ずかしくてやめたんですのよ。
そう思うと、現実的に考えて、気付かないだけで私の近くにも必ずブロガーはいるわけで、フツーにあそこにもここにも、伊賀のくの一みたいに潜んでいるわけですよ。会社の隣の席のAさんも、澄ました顔してブロガーかもしンない!冴えない課長が、はてな辺りでアルファブロガーなんて持て囃されてるのかもしンない!私のことを、「派遣の××さんが今日も仕事で大ボケかまして〜、ホントいっぺん死ねばいいのにッ!だいたいあの人ってトロイしキモイしバカだし難聴だし〜、ウザイんだよね!」とかカル〜く書かれてるかもしんないわけだ。あ、でも逆に誰のブログにも登場しない寂しい人物かも。そんな気がする午前10時。
でももし書かれていたら、なんだか読んでみたい。おべっか抜きのそんなブログ。結構自分のことって他人からどう見られてるのかわからないもんですから。読んだらきっと落ち込むんだろうけど、ここは敢えて読まねばならないわけよ!(なぜ?)
むかし衝撃的だったのは、母が私のことを、「あの子ドライだから」と漏らしてたのを知ったときです。そりゃそうかもしんないけど!あとは嫁に出すとき夫に「地味な子ですけど宜しくお願いします」ってアンタ!!そりゃ地味ですけどね!どこも誇れるとこないんかぃ!ってちょっとだけオモタ。
2007.04.22
心に残るブロガー
4/17は奥山貴宏さんの命日で、彼のブログを読み返してみたり、知り合いでもないのに彼のことをしばし考えていた。あれから二年経った。早いな、としみじみ思う。桜の季節だからよく憶えている。川べりのサトザクラが満開だった。長年ネットの宙を漂っていれば、誰にでも一人や二人、心に残るブロガー(またはweb日記の管理人)がいるだろう。私にとってその一人が、奥山貴宏というフリーライターだった。詳細は下記のリンク先を読んでみて下さい。
私はネット発の本はほとんど手に取らないのだけど、彼の本は全部読んだ。彼の視点や文章は魅力的で、紙の上でじっくり読みたいと思った。そして何より、彼のweb上でのスタンスは見事なものだった。また、仕事(=文章を書くこと)に対する熱意には、ただただ敬服するばかりだった。もし私が彼と同じ状況下に置かれたら、とてもあのようには生きられないだろう。
Underworldの「Born Slippy」を聴くと奥山さんを思い出す。NHKのETV特集で流れていた曲だ。番組のタイトルにもなった「オレを覚えていてほしい」という言葉が、私の頭の片隅にシールみたいにぺたりと貼りついたままだ。それだけでも、彼のやったことは無駄ではなかったのだと思う。きっと多くの人の記憶に残ったに違いない。そして誰もが、折にふれて彼のことを思い出すだろう。
奥山貴宏(Wikipediaより)
NHK ETV特集「オレを覚えていてほしい〜ガン漂流・作家と読者の850日〜」
blog「32歳ガン漂流 エヴォリューション」
web日記「31歳〜ガン闘病編」
奥山氏について書いた過去ログ
2005年8月28日
2005年8月30日
2007.04.14
「サ ザエ さん」 〜タラちゃんの秘密に迫る〜
タラちゃんの腕が大変なことになっている件について(Hagex-day.info )
シュールだ。
本家はコチラ。http://www.youtube.com/watch?v=cBrk9pSIxBQ
それを受けてコチラも。「チャイムに手が届かないはずなのに」
タラちゃんて実は「怪物くん」かも。
ついでにコチラも。「気持ち悪いフネと波平」
こういうの好きだわ。
ほかにもいろいろあったが、全て同じ人がアップしている。サザエさんを録画してまで観ている私も、よく酔狂呼ばわりされるが、この人は一体…とオモタ。
シュールだ。
本家はコチラ。http://www.youtube.com/watch?v=cBrk9pSIxBQ
それを受けてコチラも。「チャイムに手が届かないはずなのに」
タラちゃんて実は「怪物くん」かも。
ついでにコチラも。「気持ち悪いフネと波平」
こういうの好きだわ。
ほかにもいろいろあったが、全て同じ人がアップしている。サザエさんを録画してまで観ている私も、よく酔狂呼ばわりされるが、この人は一体…とオモタ。
2007.04.12
「弱者」?/はてブのタグ
「ネット上の「弱者」の傲慢」(琥珀色の戯言)
私は咲良さんの例の罵倒文に対して、その言い返し方はあんまり酷いんじゃないかと言いましたが、弱者が云々ということについては何も語っていません。そもそも「弱者なんだから、何をやっても許される、何をやっても許してやれよ」など、私はそのような信念は持っていません。エントリを書いたときも、そんなことひとつも考えていませんでした。
弱者、弱者って、なんでそんな話になっちゃったんだろうか。私は弱者という言葉を一度も使っていないし、そもそもあのソープ嬢が弱者だとか考えたこともない。弱ってる人だとしても、彼女はいわゆる「弱者」なんだろうか?「自分が病気であるということを(自覚的に)利用して他人を傷つけようとしたり、周囲に過剰な負担をかけることを厭わない人」なんだろうか?
もしかしたらfujiponさんは、身近に「弱者」という立場を振りかざす一部の患者を見てきて、その横暴さを日々感じているから、そういう視点なのかもしれないけれど、それもまた、少し偏った捉え方ではないだろうか。
私が言いたかったのは「ぐちゃぐちゃに絡まってしまった糸は容易には解けないんだ。そう簡単にリセットなんて出来ない。絡まった糸に足を取られてパニックやヒステリーを起こしている人に対して、高みから説教してなんになる」ということです。それに対してさもしいと言いました。そしてもし「精神科に勤めていた立場上、気になっちゃって」読んでいたのだとしたら、言い返す前にもう少し相手の背景を汲んでやれたんじゃないか、そうすれば「アンタみたいな人間に9500円の価値なんかない」とか、そんな言葉出てこなかったんじゃないか。そんなふうに思ったのです。その部分はまるで目に留めず、ただ「弱者だから何やっても許してやれ」と言っているんだな、と取られるのは心外です。
けれど考えてみれば、いくら私が「その言い方ないんじゃないか」と指摘したところで、それはどうにもならないことなのだった。それは私の勝手な潔癖であり、余計なお世話なのだった。いくら自分が我慢ならなくても、本人と皆がそれで良しとするならば、黙っているか、せめて「いやだろうけどガマンしとこうよ」程度にとどめておくべきだったのかもしれない。いつもは黙っているよう心がけているのだけど、時折どうにも我慢できないことがある。私のよくないところだ。
今はもう咲良さんの罵倒文は削除されていて、読めなくなっている。私のエントリは彼女の文章に対してリンクしたものだから、リンク先がない今、私もあのエントリを削除することにした。そのまた私の記事に対するfujiponさんの言及は、そのまま残しておけばよろしいかと私は思いますが、好きにして下さい。
………………………………………………
ところで、一昨日、fujiponさんのエントリに対するはてブのタグがすごいことになっていた。私も呑気に「うわ…」という感じで眺めてたんだけど、その後、たまたま見たブログにこのことが取り上げられていた。以下参照。
「これはひどい! はてブ非公開ユーザーによる罵倒タグ」(ekken)
─つけられた罵倒タグは、僕には同一人物によるものと思えるのだけど、仮にこの人がfujiponさんのログのコメント欄に登場する人物と別人だとしても、この罵倒タグを見た人の多くはその人の手によるものと考えちゃうんじゃないかなぁ。─(一部引用)
コメント欄に登場する人物というのは私のことです。多くの人が私の仕業だと思うらしいです。勘弁してよ。たまたまこの記事に気付いたからいいものの、そのままだったらみんなが私の仕業だと思ったってことでしょう。濡れ衣着せられるとこだったわ。
いくらなんでも、やってないことをやったと思われては嫌だわ。そもそも私は、はてブをやっていません。よって、この件と私は無関係です。あんな卑怯な方法で罵倒するくらいなら、最初からコテハンでコメントなんかしないよ。というようなことをコメント欄にも書いたのだけどね…。
この非公開ブックマーカーが、もし私を貶めるために計算してやったのだとしたら、たいしたいやがらせだ。てか、非公開ブックマークってなんなの?プライベートモードにしている人のこと?あのあとまた見たら、既に例のタグは消えていた。えっけんさんの記事で騒がれているのを知って慌てて消したんだろうか?えっけんさんの読者?謎。なんか怪しい。腑に落ちない。言いたいことがあるなら、そんな紛らわしいいやがらせしないで、直接言ってくればいいのに。
それと、はてなでコメントするときはログインしてするのがルール(暗黙のルール?)なのですか?知らなかった。今度からそうします。
私は咲良さんの例の罵倒文に対して、その言い返し方はあんまり酷いんじゃないかと言いましたが、弱者が云々ということについては何も語っていません。そもそも「弱者なんだから、何をやっても許される、何をやっても許してやれよ」など、私はそのような信念は持っていません。エントリを書いたときも、そんなことひとつも考えていませんでした。
弱者、弱者って、なんでそんな話になっちゃったんだろうか。私は弱者という言葉を一度も使っていないし、そもそもあのソープ嬢が弱者だとか考えたこともない。弱ってる人だとしても、彼女はいわゆる「弱者」なんだろうか?「自分が病気であるということを(自覚的に)利用して他人を傷つけようとしたり、周囲に過剰な負担をかけることを厭わない人」なんだろうか?
もしかしたらfujiponさんは、身近に「弱者」という立場を振りかざす一部の患者を見てきて、その横暴さを日々感じているから、そういう視点なのかもしれないけれど、それもまた、少し偏った捉え方ではないだろうか。
私が言いたかったのは「ぐちゃぐちゃに絡まってしまった糸は容易には解けないんだ。そう簡単にリセットなんて出来ない。絡まった糸に足を取られてパニックやヒステリーを起こしている人に対して、高みから説教してなんになる」ということです。それに対してさもしいと言いました。そしてもし「精神科に勤めていた立場上、気になっちゃって」読んでいたのだとしたら、言い返す前にもう少し相手の背景を汲んでやれたんじゃないか、そうすれば「アンタみたいな人間に9500円の価値なんかない」とか、そんな言葉出てこなかったんじゃないか。そんなふうに思ったのです。その部分はまるで目に留めず、ただ「弱者だから何やっても許してやれ」と言っているんだな、と取られるのは心外です。
けれど考えてみれば、いくら私が「その言い方ないんじゃないか」と指摘したところで、それはどうにもならないことなのだった。それは私の勝手な潔癖であり、余計なお世話なのだった。いくら自分が我慢ならなくても、本人と皆がそれで良しとするならば、黙っているか、せめて「いやだろうけどガマンしとこうよ」程度にとどめておくべきだったのかもしれない。いつもは黙っているよう心がけているのだけど、時折どうにも我慢できないことがある。私のよくないところだ。
今はもう咲良さんの罵倒文は削除されていて、読めなくなっている。私のエントリは彼女の文章に対してリンクしたものだから、リンク先がない今、私もあのエントリを削除することにした。そのまた私の記事に対するfujiponさんの言及は、そのまま残しておけばよろしいかと私は思いますが、好きにして下さい。
………………………………………………
ところで、一昨日、fujiponさんのエントリに対するはてブのタグがすごいことになっていた。私も呑気に「うわ…」という感じで眺めてたんだけど、その後、たまたま見たブログにこのことが取り上げられていた。以下参照。
「これはひどい! はてブ非公開ユーザーによる罵倒タグ」(ekken)
─つけられた罵倒タグは、僕には同一人物によるものと思えるのだけど、仮にこの人がfujiponさんのログのコメント欄に登場する人物と別人だとしても、この罵倒タグを見た人の多くはその人の手によるものと考えちゃうんじゃないかなぁ。─(一部引用)
コメント欄に登場する人物というのは私のことです。多くの人が私の仕業だと思うらしいです。勘弁してよ。たまたまこの記事に気付いたからいいものの、そのままだったらみんなが私の仕業だと思ったってことでしょう。濡れ衣着せられるとこだったわ。
いくらなんでも、やってないことをやったと思われては嫌だわ。そもそも私は、はてブをやっていません。よって、この件と私は無関係です。あんな卑怯な方法で罵倒するくらいなら、最初からコテハンでコメントなんかしないよ。というようなことをコメント欄にも書いたのだけどね…。
この非公開ブックマーカーが、もし私を貶めるために計算してやったのだとしたら、たいしたいやがらせだ。てか、非公開ブックマークってなんなの?プライベートモードにしている人のこと?あのあとまた見たら、既に例のタグは消えていた。えっけんさんの記事で騒がれているのを知って慌てて消したんだろうか?えっけんさんの読者?謎。なんか怪しい。腑に落ちない。言いたいことがあるなら、そんな紛らわしいいやがらせしないで、直接言ってくればいいのに。
それと、はてなでコメントするときはログインしてするのがルール(暗黙のルール?)なのですか?知らなかった。今度からそうします。
2007.03.10
ピアノを弾く猫
YouTubeより。
ピアノを弾く猫。→リンク(ちゃーこたんのブログで紹介されていた)
めっちゃかわいい!はあ〜、癒される〜。
ピアノの練習をジャマする猫。→リンク
猫ってこういうことするよね。どうしてそんな狭いところにわざわざ?って。(笑)かまって欲しいのか、なんなのか。愛らしくて笑ってしまう。むかし、私が受験勉強してるときに、机の上に飼い猫が上ってきて、わざわざ教科書の上にドデーンと寝そべって動かない。勉強できないから「どいて」と言うと、にゃーと鳴いて目を閉じる。しらんふり。あの態度はたまらん。胸がきゅーんとして、もーメロメロ。
あ〜、また猫飼いたいなあ。
ピアノを弾く猫。→リンク(ちゃーこたんのブログで紹介されていた)
めっちゃかわいい!はあ〜、癒される〜。
ピアノの練習をジャマする猫。→リンク
猫ってこういうことするよね。どうしてそんな狭いところにわざわざ?って。(笑)かまって欲しいのか、なんなのか。愛らしくて笑ってしまう。むかし、私が受験勉強してるときに、机の上に飼い猫が上ってきて、わざわざ教科書の上にドデーンと寝そべって動かない。勉強できないから「どいて」と言うと、にゃーと鳴いて目を閉じる。しらんふり。あの態度はたまらん。胸がきゅーんとして、もーメロメロ。
あ〜、また猫飼いたいなあ。
2007.02.26
人種差別
アメリカの「クラッシュ」という映画を観たんです。感想はコチラ。
人種差別をテーマにした映画です。
それで、つい先ほど「恐るべき人種差別社会」(小説:科学者トホホ日記)を読ませていただきました。現在アメリカに住む日本人から見た人種差別の現状が生々しく迫ってきて、くらくらしました。なんだか「クラッシュ」から受けた印象と、ずいぶん違うような気がしました。映画の中に出てくるような美談など、ありやしないのじゃないかと。
「クラッシュ」は映画として大変素晴らしかったけれど、現実とは程遠いのかもしれない。私が観ているアメリカって何なんだろうと、わからなくなりました。もしcia^o^さんがこの映画を観ていたならば、どう思ったか感想をお聞きしたいくらい興味深いエントリでした。
肌の色ってそんなに重要なのかね?ってつくづく思うんですけど、人種差別というものがあまりにも根が深くて、何も知らない私などが気安く語ってはいけないんじゃないかと、そんな気にさせられる問題です。
肌の色といえば、思い出すことがあります。
うちの母は色黒なんですけど、色白の姑にしょっちゅう色が黒いことをバカにされていました。母はそのことをとても気にしていて、コンプレックスだったんです。母は、「色が黒って損だね。黒いだけでバカにされるんだよ。色が白いことって、そんなに偉いことなんかね?」と、いつも私に尋ねてくるんです。その問いは、私が幼い頃からずっと続きました。
そういうとき、私は決まって気の利いた言葉が見つからず、黙ってしまう。そういう子供でした。どうしてあの時、母が安心するような言葉をかけてやれなかったのかと、未だに悔いてます。「色黒のほうが、かっこいいよ」と、なぜ言えなかったのでしょう。
それを今ふと思い出したら、なんだか泣けてきました。
人種差別をテーマにした映画です。
それで、つい先ほど「恐るべき人種差別社会」(小説:科学者トホホ日記)を読ませていただきました。現在アメリカに住む日本人から見た人種差別の現状が生々しく迫ってきて、くらくらしました。なんだか「クラッシュ」から受けた印象と、ずいぶん違うような気がしました。映画の中に出てくるような美談など、ありやしないのじゃないかと。
「クラッシュ」は映画として大変素晴らしかったけれど、現実とは程遠いのかもしれない。私が観ているアメリカって何なんだろうと、わからなくなりました。もしcia^o^さんがこの映画を観ていたならば、どう思ったか感想をお聞きしたいくらい興味深いエントリでした。
肌の色ってそんなに重要なのかね?ってつくづく思うんですけど、人種差別というものがあまりにも根が深くて、何も知らない私などが気安く語ってはいけないんじゃないかと、そんな気にさせられる問題です。
肌の色といえば、思い出すことがあります。
うちの母は色黒なんですけど、色白の姑にしょっちゅう色が黒いことをバカにされていました。母はそのことをとても気にしていて、コンプレックスだったんです。母は、「色が黒って損だね。黒いだけでバカにされるんだよ。色が白いことって、そんなに偉いことなんかね?」と、いつも私に尋ねてくるんです。その問いは、私が幼い頃からずっと続きました。
そういうとき、私は決まって気の利いた言葉が見つからず、黙ってしまう。そういう子供でした。どうしてあの時、母が安心するような言葉をかけてやれなかったのかと、未だに悔いてます。「色黒のほうが、かっこいいよ」と、なぜ言えなかったのでしょう。
それを今ふと思い出したら、なんだか泣けてきました。
2006.10.01
女はなぜ自分が今幸せであると、わざわざ公言したがるのか
彼女の言葉の端々に滲む毒気に、読んでいてドキリとさせられる。えも言われぬ不快感を抱きながらも、その禍々しさに目を惹きつけられてやまない。けれどいざ、いらぬ色気を出して創作じみたものを書こうものなら、その出来は酷いありさまだ。文の質はガクリと落ちて、そこにはセンスの欠片もない。その落差が激しいだけに私は驚いて、がっかりの反面、心底安堵する。
無自覚の才能には太刀打ちできないが、無自覚でしか発揮できないならば、それは致命的ではないかと。
無自覚の才能には太刀打ちできないが、無自覚でしか発揮できないならば、それは致命的ではないかと。

